数字

 七夕が過ぎ、7月も8日目に入りました。山奥はひんやりと涼しく、静かな初夏です。こんなに穏やかでいいのだろうかと、外の緑を眺めながら、申し訳ない気さえします。

 

 庭のウバユリがぐんぐん伸びてきました。

 もう何日も大きなつぼみのまま、まだ咲くまいと我慢しているかのような佇まい。他の植物なら、もうとっくにパッと開くことでしょう。

 

 先日、Instagramの投稿が100枚になりました。途中から、100枚までは毎日投稿しようと決め、質より量を優先し、とにかく100枚と思って描きました。

 でも、スタートした時点では、まぁ気ままに投稿しようとゆるく考えでおりました。しかし、その考えをパカンと砕いたのは、数字の魔力だったと思います。

 画面に表示される投稿枚数。そしてフォロー数。フォロアー数。

 

 数字。

 よくよく考えると、人間は生きて死ぬまで数字に翻弄される生き物かもしれません。今回のInstagram投稿で考えさせられました。

 生年月日に始まり、年齢・身長・体重・心拍数・血圧、平均寿命、余命、カレンダーの日付、時計、睡眠・労働・勉強・食事の時間、飛行機・電車・バスの時間、所持金、貯蓄、株価の変動、読書のページ、偏差値、得点、勝敗・・・ちょっと考えてもキリがないくらい。

 恐ろしいと思ったのは、数値化され、数字で確認することによって、実態のつかめないものまで見た気、知った気になってしまうところ。

 そう考えると、人間は数字に支配されているのか?と寒々しい気持ちになったりして。

 私はそんな気持ちに嫌気がさし、逃げ道を探すように、ウバユリの見事なつぼみを再び眺めるのでした。

 そして、ふと思うのです。

 あと何日で咲くのかな・・・